数字が苦手でも、経営はできる
「数字が苦手で、なんとなくの感覚で経営している」
「会計ソフトを入れても、結局よくわからない」
多くの小規模企業や個人事業主の方が、そう感じています。
こうした「数字への苦手意識」は、実はほとんどの経営者が抱える共通の悩みです。 そして、この不安こそが、前回までの記事で指摘した「見えない赤字」や「方向性の迷い」の根本原因でもあります。
しかし、経営を安定させるうえで絶対に欠かせないのが、自分の事業がどのラインを超えれば利益になるのか――つまり「採算ライン(損益分岐点)」を知ることです。これは、あなたの頑張りが報われるための「必要最低限のルール」とも言えるものです。
これを感覚ではなく「数字で見える化」できると、次のような変化が起こります。
- 売上が少し減っても「まだ大丈夫」と冷静に判断できる
- 経費が増えたときに「どこを削ればいいか」が見える
- 新しい投資や人件費を「無理のない範囲」で決められる
つまり、「勘」ではなく「根拠」で経営判断ができるようになるのです。この「見える化」ができれば「新規事業の設計」も、失敗しないための現実的な計画に変わります。
※『「なんとなく不安」を「確信」に変える!小規模企業の「立て直し」講座』シリーズの第4弾(第1弾~第3弾の総まとめ・実践編)としてお届けします。
採算ラインとは「どこまでが黒字か」を示す地図
採算ライン(損益分岐点)とは、売上とコストがちょうどトントンになる地点のことです。これは「黒字への入り口」であり、「目的地」を示す地図です。 これを超えると利益が出て、下回ると赤字になります。
たとえば月商100万円の飲食店があるとしましょう。
- 家賃・人件費・材料費・光熱費・広告費など、すべて合わせて80万円かかっている。 この場合、残るのは20万円。
この時、経費80万円の中には「固定費」と「変動費」が混ざって入っています。この2つを分けることこそが、「利益が残らない」原因を特定する最善の方法となります。
- 固定費:売上に関係なくかかる(家賃・人件費の基本給など)。頑張っても減らない、毎月必ずかかる“最低費用”。
- 変動費:売上に応じて増減する(仕入・材料費など)。売上の頑張りに比例してかかる“努力のコスト”。
採算ラインを求めるには、まずこの2つを分けて考えます。
“数字が苦手”な人のための超シンプル計算法
難しい数式、複雑な計算は不要です。
以下の3ステップで、“感覚経営”から“数字で見える経営”へと変わります。
ステップ1:売上とコストをざっくり整理する
1か月の売上を「平均でこれくらい入る」という金額で書き出します。
そして、経費をざっくり分けます。
| 項目 | 固定費 | 変動費 |
|---|---|---|
| 家賃 | 〇 | |
| 人件費(基本給) | 〇 | |
| 材料費・仕入 | 〇 | |
| 光熱費 | 〇 | |
| 広告・雑費 | 〇 |
ここで完璧を目指す必要はありません。おおよそで構いません。
大事なのは、あなたの「感覚」を「ざっくりした事実」に変えることです。
ステップ2:売上のうち、どれだけが残るかを把握する
たとえば月商100万円で、変動費(仕入や材料費など)が20万円なら、残り80万円が手元に残ることになります。この“残りの80%”を限界利益率といいます。
つまり、まず変動費のみを考慮した場合、「稼いだ売上の80%が手元に残る構造」ということです。この「手元に残った80%」で、売っても売らなくてもかかってしまう固定費をまかなうことになります。
ステップ3:採算ライン(損益分岐点)を算出する
固定費 ÷ 限界利益率 = 採算ライン
たとえば固定費が60万円、限界利益率が80%なら、
60万円 ÷ 0.8 = 75万円(採算ライン)
つまり、月商75万円を達成した瞬間に赤字の不安が消える。そして、月商75万円を下回ると赤字になる構造です。
逆に、月商85万円があれば、その上乗せ分の80%(8万円)があなたの純粋な利益になるということです。
この計算ができれば、「あといくら売上が足りないから、何に力を入れるべきか」が明確になります。
見える化すれば、経営判断が変わる
採算ラインを数字で見える化すると、経営の見え方がガラッと変わります。「頑張っているのに、報われない」という不安は、実は「どこを頑張ればいいか」が分からなかっただけです。
たとえば、
- 「もう少し人を増やしたい」
- 「新しいメニューを試したい」
- 「家賃が高いが、移転した方がいいか?」
こうした決断を、“気分”ではなく“数字”で判断できるようになります。
さらに、数字で見えると「今やっている努力の方向性」が正しいどうかもわかるようになります。「売上を伸ばすべきか」「コストを減らすべきか」が一目で見えるようになるのです。採算ラインを見れば「コスト削減が急務」なのか、「利益率の高い商品強化が急務」なのかが、一瞬で判断できるのです。
“数字に強い経営”は、誰にでも身につく
数字が苦手な経営者の多くは、「会計がわからない」ことを気にしています。しかし、重要なのは税金や会計の知識ではなく、数字を「迷った時に進むべき道を照らす“経営の道具”」として使えるかどうかです。
採算ラインを把握することは、私たち専門家だけの仕事ではありません。
あなた自身が「自分の会社の健康状態」を理解すること――それが経営力を強化する第一歩です。この「健康状態の把握」は、誰かに任せるのではなく、経営者自身がやるべき、最も大切な仕事です。
少しずつで構いません。今月の売上、固定費、変動費を一枚の紙に書き出すところから始めてみましょう。
数字が見えた瞬間、「なんとなく不安」が「根拠ある自信と計画」に変わります。
経営の安心は、「見えること」から始まる
経営者の不安の多くは、「見えないこと」から生まれます。
採算ラインの見える化は、その不安を小さくし、確信を持った経営に変えるための“最初のステップ”です。数字が苦手でも大丈夫です。ざっくりで構いません。完璧を目指す必要はないのです。
大切なのは、「自分の事業の現実から目を背けず、自分の目で見て確かめること」です。経営は感覚ではなく、“見えること”で強くなります。この見える化こそが、「事業の方向性」を決め、「新規事業の設計図」を描くための確かな土台となります。
今日から一枚の紙で、経営を「見える化」してみてください。この小さな一歩が、あなたの「なんとなく不安」を「次に進むべき確かな計画」へと変える、最高の自己投資になります。



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